銀盤にてのコーカサスレース?
         〜789女子高生シリーズ
 


       




 七郎次と久蔵とが、直接の囮となり、リンク上で賊の二人を引きつけ振り回していたその間。唯一 自由の利く身となっていた平八はといえば。一般人の綾子様を連れて、まずはボイラー室があろうバックヤードを目指し、関係者以外立ち入り禁止のドアを、何の衒いもなくとっとと通過していたりして。突然の展開に、まだ呆然としていた綾子様がなされるがまま付いて来るのをいいことに、事務所の方もついでに覗いてみて、

 『…おお、ロビーは混み合ってますねぇ。』

 幾つかあるモニターのうち、半分しか稼働していなかったのは、上階のエキササイズ用のトレーニング・フロアが使用されていなかったからだろう。それでも4台ほどがオンとなっていた防犯カメラ用のモニター画面には、指導にあたってたインストラクターの皆様も、お嬢様方の身支度のお手伝いやら、急なご帰還になったがための、バスの運転手さんたちへの連絡なぞにバタバタと奔走しておいでなのが映し出されており。きっとあの偽の支配人が上手いこと言い含めたに違いなく、他には利用者もいない“貸し切り”という状況だったので、そういう偏った采配をされても、皆様 不審には感じなかったのだろうと思われる。

 “あの作業員がすんなりと仕事をこなしておれたのは、
  今日付けで急遽配置された臨時の支配人とか何とかいう触れ込みで、
  まずはあのフロントマンが、
  他の従業員の皆様に接して信用を得ていたからなのでしょうね。”

 そんな格好でリンクからの完全なる人払いをしてくださってたのが、こっちにも幸いしたなぁと感じつつ、

 『えっと…。』

 誰もいないのをいいことに、モニターの傍らに設置されてあった防犯用の監視システムをちょちょいと弄り、手持ちのフラッシュメモリへデータを移してのち、今日一日分の映像記録をきっちりと消去しておいた平八で。

 「だって怪しい奴らは身柄確保も済んでたんですし、
  それに、どうせリンクやフロアしか“監視”していないのでしょう?」

 だとしたら、こちらの事務所側で繰り広げられていたのだろ、奴らの怪しい行動は恐らく収められてはないはずであり。むしろ、自分たちが逃げもせんと大暴れした映像が収録されているの、解析されて明らかにされちゃあ困りもの。なのでと、故障でもしていたのかな?と思っていただけるよう、ここまでの映像は全て、没収した上で消去させていただいて。それからそれから、従業員スペースの更に奥向きにあった鉄の扉をぐんと押せば、途端に低い響きが聞こえて来、半地下になってた空間にボイラーシステムが据えられている模様。しかも、それらを収めていた薄暗い室内には、人の気配もかすかにあって。

 『…なんてこと。』

 ガムテープで口許と手足を縛り上げられていた男性が二人ほど、コンクリートの打ちっ放しという空間の一隅に放り出されているではないか。着衣を奪われたのだろう、下着姿に近い格好にされていたのが、さぞかし心細かったでしょうにと同情しつつ、とはいえ、此処へこそ微妙な“工作行為”が要るところ。小さな手のひらを伏せた胸元で、素早いシュミレーションを済ませてから、

 『ああ、誰かおいでですか?
  大変なんです、リンクでわたくしたちのお友達がっ!』

 心細げなお声を出しつつ、パタパタパタッとそちらへ駆け寄り。まあ大変 これを剥がせばいいのですね、ほら あなたもお手伝いして…と、お気の毒な本物の支配人さんとボイラー担当の作業員さんを救出し、

 『お友達が乱暴な連中に追い回されておりますの。
  どうかどうか警察へ連絡してくださいまし。』

 胸の前にて両手の指を搦めて組んで、潤みをたたえたお眸々でもって“お願いお願い”と訴えかければ。そちらさんたちも大変な目に遭ってた身だというに、可憐なお嬢様の力になれるならとの弾みがついたか、早速にも動き出しての手配をしてくださったので。

 「そうしてから、
  あちこちへの通報とか連絡とか、
  取り始めて下さった支配人さんたちより先に、
  リンクまで戻っておいて、シチさんたちと合流して…。」

 「……成程な。」

 諦念とも呆念ともとれそうな、やれやれという感情を存分に染み込ませた吐息を深くつき。彫りが深くてかっこいいと白百合さんがいつも称賛しておいでの眉間を、指先で摘まんで軽く揉みながら。一見すると、どこぞかの交響楽団のベテラン指揮者のような、長髪に顎のお髭がさも似合う、くっきり冴えた風貌をした壮年の警部補殿が“よぉく判った”との意を短い一言で示して見せる。此処は皇居の桜田門前にそびえ立つ、警視庁の某階、捜査課占有のフロアの一角で。昨日某所で勃発し、とはいえ すぐさま収拾した、とある男ども二名による、不法侵入と窃盗未遂事件、並びに不当拘束行為と少女らへの恐喝及び傷害未遂行為に関しての、事情聴取の後半が執り行われている真っ最中。容疑者への取り調べというワケでなし、まだ未成年のお嬢様方でもあることだしということで。正式な公文書にあたろう書類は作成するものの、堅苦しい供述を背条のばして紡ぎなさいとまで構えられたお堅いそれではなく。ちょっとした談笑、もしくは茶話会に見えんこともないほど、それは和やかに応接セットで向かい合ってのという聞き取りで。

  前の晩に忍び込んだ賊の男らが、
  上階のロッカールームから盗み出した とあるセキュリティキーを、
  うっかりとリンクへ取り落としたため。
  翌日、偽物の職員に成り済まし、ブツを奪還しに来たものの。
  リンクの張り替えと予定外の停電も重なって、
  随分と解けていた氷の中へとカードキーが封入されていたその上、
  女子高生らが貸し切りで1日中ご利用とのお話。
  それでと、彼女らを追い返すべく、
  館内暖房に細工をして皆様を震え上がらせ、
  こちらの不備でとお帰り願えそうな運びとなったは良かったが……、

という顛末を、
昨日のうち、まずは犯人二人からと、
引率の先生方や縛り上げられていた本物の支配人たちから、
それぞれ別個に訊いてはあったのだけれども。
案の定…といいますか、
容疑者らの言い分だけが、微妙に浮いてて違和感満載のそれだったりし。
曰く、

 『何とか上手いこと、リンクから出させる運びが叶ったはずが、
  3人ほど毛色の変わった小娘がいて。』

 『ナイフかざして脅しても、
  怖がって動けなくなるどころじゃない、
  いきなり駆け出すわ、スケート靴のまま蹴りを入れてくるわ。』

 『挙句、リンクをエッジで削って抉るほどの、
  奇妙なすべりで人を翻弄しやがって。』

 直接の昏倒の原因は、彼らのお互いが氷上でクラッシュしたからではあるけれど。そこへ至るまでの何とも妙な出来事の幾つかが、どうにも理解出来なくてと。窃盗も不法侵入も認めるけれど、そっちの現象は何だったのかと逆に訊いてくる始末。

 『自分でも理解し難いことを、信じろと言うのかお前と。
  直接の聴取をしていた所轄の刑事が呆れてましたので。』

 我々もそれで押し通しましょうと、島田警部補の腹心、佐伯さん辺りはもはや手慣れたもの。正式な書類は、大人たちから引き出した証言のみにてまとめられそうながら、それでも一応“関係者”全員に話を聞かねばならぬのでと。翌日呼び出されたのが彼女らだという次第。ちなみに、もう一人ほどおいでだったが、何でも熱を出してしまわれたということだったので。お大事になさってくださいとだけ告げて、出て来ていただくのは早々に諦めたそうで。

 「うあ、そうだったの。本物の職員さんたちがねぇ。」
 「気の毒に…。」

 直接、賊と相対していた金髪娘二人とは、微妙に別行動を取ってたらしい、ひなげしさんこと平八だったらしいのだが。そっちの状況の詳細は初聞きだったらしい七郎次と久蔵も、さすがに眉をひそめたものの。世間話にしちゃあ穏やかならぬ内容なのにも関わらず、相当に深刻な事件の一端なのだという自覚は、あんまり無さそうな態度でもあるのが何ともはや。

 “脅しすかすのにナイフまで出て来たような、
  物騒で凶悪な事態だったのにねぇ。”

 下手を打てば、そのまま監禁籠城事件に発展しかねなかったほどの一大事だったというのに。不意な雨に降られてお気の毒に…程度の深刻さしか感じないのは、それこそこちらの先入観のせいだろかと。勘兵衛様のみならず、未成年への聴取ということで同席していただいていた、こちらもお馴染みの保護者さんがた、片山五郎兵衛殿と榊兵庫殿とが“あのなぁ”と言いたげに、苦笑するやら肩を落とすやら…して見せており。

 「一歩間違えたら、お前たちだとて…。」

 切り付けられていたかもしれない事態だったのだぞと言いかかった兵庫殿へは、

 「あらあら、それは筋違いなお言いようではありませぬか?」
 「現にこっちがお縄にいたしましたし。」

 ころころころと軽やかに微笑ったお嬢さんがた、女性へ転生してこそいるが、中身は百戦錬磨の“もののふ”だった記憶を持っており。しかもしかも、若々しい身であることが幸いしてか災いしてか。素晴らしい反射もて、当時の太刀ばたらきの手ごたえのようなものまでも、少しずつ取り戻している恐ろしさ。

 “そうかと言って、怖い想いをさせるのは忍びないし…。”

 ああそうなんだ、何を覚えていたって今の自分へは関係ないんだと。歯が立たぬ事態へ青ざめての、そんな自覚をするようなことに出会えれば、身に染みて判りもしように…それはそれで可哀想というものだし。何より、今のところはさして怖い想いもしていないと来て。快活奔放にして お元気な彼女らの行動へ、無事で何より、元気が一番と思う反面、次があったらそのときは?と思いが至るたび、本当に本当に心配でならない、保護者の皆様。下手に彼女らの内的素性まで…サムライだった記憶を持つ身なのだということまでも、しっかりと知っているからややこしいのであって、

 “いやまあ、知らなきゃ知らぬで、もっと心臓に悪いのかもしれないが。”

 そうでした。そういう身だと知らないまま、これまでのような無茶をやらかされていたならば。どうやって切り抜けたのやらと、男性陣はもっと怖い想いの数々を味わってたかも知れないのであって。……う〜ん、困ったお人たちだ、まったく。(苦笑)

 「…とりあえず。現場から持ち去った防犯カメラの映像は出しなさい。」
 「え〜〜?」
 「え〜〜?じゃない。」

 こういうときだけいかにも女子高生の振る舞いをするまいよと、深色の双眸を眇めて見せた島田警部補。続けて付け足したのが、

 「映っている中身が問題だというならば、
  公開まではしないで済むよう、
  証拠として取り上げぬように持ってゆきもする。」

 何なら、破損という形で誰の目にも触れぬよう処理するかも知れぬが…な、と。こちら様とて、あまりにとんでもない様相が録画されていることと、それが明らかになった場合の様々な方面への波及に関して、一応の理解はおありならしく。とはいえ、

 「証拠の隠匿は立派な犯罪行為だ、馬鹿者が。」
 「う……。」

 よしか? 物事への裁量というもの、同世代の小娘よりは多少利くからこなせるからといってもだ、

 「やっていいことと いかんことは変わらぬのだ。」

 お主たちは特に、人生経験が二重露出しとるようなものだからか、そこのところの歯止めが利かぬ。何とか切り抜けられるからと、数多の矛盾をその身へ飲んで取り込んでおるが。いつか、それらの歪みが思わぬ格好で暴発だってするやも知れぬ。そのまま どこまで落ちてゆくものかと、それを案じてのこと、こうして叱責しておるのだぞと。島田警部補、彫の深いお顔にて、少々凄みを利かせての睨んでみせれば、

 「〜〜〜。」

 別に庇ってくれずとも、とか。ご自分こそ 組織さえ手玉に取れる格のおタヌキ様なくせに、とか何とか。口許曲げてそれぞれなりの感情から睨み返す子が2人いる中、

 「………すみませんでした。」

 決まりごとは決まりごとですよね、守れなくっちゃ始まらない…と。しおらしく項垂れるのが七郎次であり。咄嗟に反駁の何かを言いかけた久蔵の手を取って握り締め、その態度を見て…早々と自己鎮火した平八へは、小さく小さく“ごめんね”と微笑って見せてから。

 「私だって、
  勘兵衛様が…怖い事務所の方々から、
  要注意人物だと ずっとずっと目を付けられてるだなんていう、
  そんなお話を聞くと、何かの折につけ、ふっと身が竦みます。」

 青玻璃の目許を不安そうに揺らめかせ、そんな物騒な話を持ち出す白百合さんであり。

 「格闘のような荒ごとになってもまだまだお強いお人だし、
  対話で場を収めることに長けておいでなのも重々知っているのに。
  それでもやっぱり怖いです。」

 それが判っているのに、自分が無茶をしちゃあいけませんよねと。ほのかに寂しげに微笑った、可憐なセーラー服のお嬢さんだったのへ。幼い少女らを言い諭す側、威容を含ませた表情はそのままに、うむと短く応じて差し上げた警部補殿だったものの、

 “…征樹め、何を要らぬ事ばかり吹き込んでおるか。”

 日頃からも怖いもの知らずな振る舞いの多い彼女らとは、転生した同士という間柄が明らかになってからこっち、ますますのこと接点の多くなっている部下さんが。過ぎるお転婆への叱咤詰言という場で、言うに事欠いてそんな喩えを出したのだろうよという裏事情くらいは すぐに気づいた、元“白夜叉”様。しおらしくも反省しているらしい七郎次だったのへ、いやそんな大ごとなんて滅多にないと、わざわざ言うのも何だか忍ばれて。微妙にうやむやな態度を取ってしまったそのまんま、この借りはどこかで返してもらわねばなと、その内心にて良く気のつく部下のお顔へついつい八つ当たりする大人げのなさよ。遣り場のない心持ちの矛先に困り、何とはなく窓の外へと視線を投げれば。まだ蕾は堅いものか、お堀端の桜たちが、臙脂色の枝を時折吹き付ける風に震わせていた、まだまだ浅い春でございます。




BACK/NEXT


 *もうちょっとだけvv


戻る